信大NOW147号
13/20

米(自然栽培米)の栽培にも取り組んでいます。開始当初は出口さんを含めて2名で水田4枚を耕作するこぢんまりとした活動でした。自然栽培に対する社会的理解も広がっておらず、当初は田を借り受けることにも地元の警戒や抵抗が大きかった収穫前の小麦畑。限られた農地での栽培になるため大型重機が入れず、生産性の向上が課題だ。ようですが、信州大学の関係者のネットワークの後ろ盾などもあり、ようやく水田を借り受けることができたと言います。しかし、その後は海外の付加価値市場に特化したビジネスモデルにより年々事業規模を拡大。地域の耕作放棄棚田を借り受け、現在では社員も6人雇用し、120枚(約10ha)の規模にまで広げています。6月の梅雨の晴れ間、棚田を見下ろしながら、「90歳を超える地元の方が、棚田に水を張った景色を見下ろして、嫁入りの時に見た景色が蘇ったと涙ぐんで話してくれました。これは本当にうれしかった」と出口さんは感慨深げに話します。出口さんらが甦らせた長谷中尾地区の棚田は、2022年に農林水産省の「つなぐ棚田遺産」にも選定されています。オーナー制や補助金などの手段でなんとか維持されているのではなく、農家が米をつくって売るという本来の姿で維持されている“今を生きる棚田”である点が評価されたそうです。中山間地の農業モデルとして“むらづくり”にも着手一方で、Wakkaグループが世界各地で販売しているお米のうち、長谷中尾地区で生産したお米の量はわずか1%に過ぎないそうです。どうして限界集落で非常に手間の掛かる米作りにわざわざ取り組んでいるのか―。中山間地は平地のようにまとまった大面積での効率的な農業が難しいのが実情です。そのような状況でも、付加価値の高いお米を需要の大きい海外で販売することで、持続可能な農業が成り立つことを証明し、同じような課題を抱えている他の地域でも横展開できる「モデルケースにしたい」と出口さんは話します。そのなかで、最近注力していることが「むらづくり」です。少子高齢化で集落が衰退していくなか、農業だけでなく地域づくりにも同時に取り組まないと、米作りを維持できなくなることに気付いたそうです。出口 友洋さん PROFILE1978年北海道生まれ。信州大学教育学部生涯スポーツ課程野外活動専攻卒業後、2009年にWakka Internationalを設立し、「香港精米所 三代目 俵屋玄兵衞」のブランド名で、現地精米による日本米の販売事業を開始。以後、世界各国に拠点を広げ、日本米の海外での普及に取り組む。また、2017年からは農業法人 株式会社Wakka Agriを通じ、長野県伊那市の中山間地域で海外販売に特化した無肥料?無農薬米(自然栽培米)の栽培にも取り組み、中山間地の持続可能な農業モデルづくりに取り組む。自然に囲まれ解放感が半端ない裏庭での取材風景。休日ならここで1日のんびりできそう。長野県伊那キャンパス中央自動車道そのため、あの手この手で地域づくりに取り組んでおり、築130年の古民家をオフィス兼農泊施設にリノベーションしたこともそのひとつ。宿泊だけでなく、農作業体験などもできるようにしており、「長谷中尾地区のファンになってもらい、移住につなげたい」と出口さんは話します。また、この古民家の向かいにある古民家も買い上げてリノベーションし、テナントとしてジビエ料理を提供するレストランを誘致。農泊と併せて一体的に地域の魅力を伝える場としていきたい考えです。直近では、8月に「棚田まつり」を実施しました。Wakka Agriオリジナルのお祭りで、子ども神輿の復活や、古くから伝わる「虫送り」という行事の再現などに取り組み、地域の結束を固めました。クラウドファンディングで運営資金を集めたところ、154人から目標を上回る172万3,000円を集めることに見事に成功しています。本誌「信大NOW」での対談をきっかけに、日本米の海外販売を出口として、一歩一歩、伊那市長谷中尾の活性化を図ってきた出口さんらの取り組み―。それは全国各地の山間地の農業集落の持続可能な発展の在り方のモデルとなりつつあります。12長野自動車道伊那市長谷中尾地区上信越自動車道上信越自動車道無肥料?無農薬の米作りは棚田120枚まで拡大出口さんは伊那市の長谷中尾地区で、海外での販売に特化した無肥料?無農薬

元のページ  ../index.html#13

このブックを見る