信州大学の伝統対談第2弾は、初秋の風を感じる農学部伊那キャンパスで収録。濱田州博学長と、農学部の卒業生で、スタジオジブリの宮崎吾朗さんに対談いただきました。司会には宮崎さんとほぼ同世代で、やはり信州大学卒業生のフリーアナウンサー土井里美さんが"参戦"。信大生のDNAとも呼ばれる「独創力」がどうやって培われていったのか...宮崎さんの監督作品「コクリコ坂から」に通じる、当時の少しバンカラな雰囲気もしっかり思い出していただいて、楽しい対談内容となりました。
土井里美さん(以下敬称略) 平成27年6月に発表された日経?日経HRの「企業の人事担当者から見た大学のイメージ調査」の結果、上場企業655社から名前が挙がった392大学のうち、信州大学は総合ランキング16位と大健闘しました。昨年1位となって話題を集めた「独創性」は、調査設計の変更の影響もあってか今年は8位、それでも8位と健闘しました。さらに大学の取り組みとして、産学官連携1位など、すばらしい評価を得ていますね。私は信大の卒業生として誇りに思うところですが、宮崎吾朗さんも信大OB、この結果を聞かれていかがですか。
宮崎吾朗さん(以下敬称略) ちょっとびっくりしました。企業の人事担当者が評価しているということは、社会に出てきちんと働ける思考力や行動力が、大学4年間で身についている、ということなんでしょうね。
土井 濱田学長はどう評価されますか。
濱田州博学長(以下「学長」) 信州大学の場合、一人暮らしの学生がほとんどです。だからみんなで集まって話をしたり、何かを一緒にする機会が多いんです。その中で自然と行動力もついてくるし、行動するためにはまず考えますから、思考力もしっかり身についたのではないでしょうか。
宮崎 何か楽しもうと思っても、自分で動かないと何もない場所という言い方もできますよね。私は農学部でしたが、あのときは学校と下宿の間に畑と森しかなかった(笑)。相変わらず信州大学は、県外から来られる学生さんが多いと伺いましたが…。
学長 県外出身者は、70~75%くらいを占めています。しかも北海道から沖縄まで、すべての都道府県から来ています。この事実は、かなり重要だと思います。関東の大学は、関東ローカライズしていて、関東の人中心で成り立っているのに対し、信州大学には全国の人が集まってくるなんて、おもしろいのではないでしょうか。
土井 かつて私も入学してすぐの授業で教授が、この大学は地方の大学で、旧七帝大でもないのに、すべての都道府県から学生が来ているということが、何よりの恵みだから、それを享受しなさいとおっしゃっていました。同じクラスの中に沖縄と北海道の人がいて、一緒に食卓を囲んで、まるで家族のように暮らしていたのは、とてもおもしろかったと印象に残っています。
学長 大学という、ある意味閉鎖的な空間で、異文化交流ができてしまうんですよ。
宮崎 そういう経験は、ある種の自活力というものを生み出します。当時の学生の会話を聞いていると、どこのスーパーが安いとか、サービスしてくれるとか…そういう話って、多分都会の学生はしないと思うんですよ。そんな、たわいもない会話が、人間の成長にとって予想以上に重要なんです。
土井 なるほど、人間の営みのすべてが学べる大学。企業からの評価が高いのも、こういう部分に起因しているかもしれませんね。一方で自分に向きあう時間も多いと思うんです。
宮崎 一人でヒマなとき、ボーッとしているときに見える風景は、信州ならではです。私の場合は前に畑、森があって奥に南アルプスが聳えていました。このボーッとしているときに見ていた対象が、人工のものではなくて自然のものであることは、財産とも言えるものです。
土井 私たちも、よく夜、仲間と車に分乗して松本の美鈴湖や美ヶ原、とにかく自然の中に行って、何をしていたかと言うと、やはりボーッとして何か考えていましたね(笑)。
宮崎 それがいいんですよ、何か考えている、というのが。
学長 考えさせてくれるすばらしい環境がありますよね。都会に暮らしていると、何かに追われているような気がするんですよ。私は都会にいたときは腕時計をしていましたが、信大に赴任してからは、時計をはずしましたね。今は残念ながら、時間を気にしなければならない立場になっていますが、そういう生活が送れる場所でもあります。
宮崎 実は私が大学に入るときに、一つだけ親父に言われたことがあって、大学というのは4年間丸々暇があると。暇な時間をちゃんと暇にしてろと言われたんです。大学とはある種の時間が存在する場所だと。そういう時間を過ごすには、信州はとてもいい場所だったと思います。やはり10代の終わりから20代の初めは一番多感な時期だし、いろんなものを吸収する時期だと思うんです。社会に出る前の準備として、時間と環境はあるけれどそれ以外は何もない状態というのは、思っている以上に貴重なものですよ。
学長 我々もそうですが、若い人はメールに追われる生活などになりがちでしょう。いろんなものを求めてしまう時期でもあるので、その“何もないという価値”には、なかなか気づきにくいかもしれません。
学長 私は学長になり教授職が終わるにあたって、いろいろなものを片付けていて気づいたことがあります。昔はグラフは自分の手で書いて、それをペンできれいに清書していました。今はパソコンで、カチャッてやれば出来てしまいます。何が違うのかなと考えたら、昔は手で書きながらしっかり考えていたんですね。考える時間がすごくあったんですよ。今はカチャカチャで終わりなので、その違いはもしかしたら大きいのではないかなと…。昔は一個のデータに対して、大いに想像を膨らませ、ありもしないことまで考えていたんですが、今は常識的な考えに陥っているのではないかという気が段々としてきているんです。
宮崎 それはありますね。手を使って、指先を使って書くという行為は、何かものを考えることに結びつきますね。紙と鉛筆で落書きをしながらいろいろ考えて、最後にまとめる際にはパソコンでいいんですけど、最初からワープロで打ったものって、誰も読んでくれないということが往々にしてあります。
学長 私は昔、論文は手でノートに書いて、それを清書していました。そうすると2回は必ず見るので、考えを変えることも出来るんです。多分、最初からパソコン入力すると変更しない、あとはおそらく前も書いたなと思えば、コピペして終わりにしてしまうんです。手で書けばコピペの習慣は生まれません。同じ内容になったとしても、少し変わっていると思います。
土井 無駄ではない無駄ってあるんですね。
宮崎 そうやってオリジナルが生まれるんだと思います。絵描きも同じで、デジタル時代になって本当にコピーしたような絵が増えましたけど、そうでない時代は結局手で描くわけじゃないですか。そうすると見本があって写しても、同じにならないんですよ。それがその人の個性になったり、オリジナリティになったりするんです。
土井 そういう“積極的な無駄が生まれるような環境”であるといいですね。
学長 信州大学にはそれがあるんだと思います。東京などの都会だと、通学時間が長いでしょう。片道1時間半とか2時間の時間を、信州大学の学生は有効に使えていると思うんです。どう使うか…友達と一緒に過ごしたり、美ヶ原でボーッとしたり(笑)。多目的に使えるじゃないですか。長時間の通学は、いわばルーティンみたいなものだと思うんです。信州大学では、今日はこれをやってみよう、明日は違うことを…と、完全ルーティンではない生活が送れるはずです。
宮崎 同感です。仮に同じ事をやっていても、今日は雪が降りそうだけれど、バイクで行って大丈夫か、この雲行きならどうする…とか、そういう判断を求められるわけです。そんな判断に振り分けられる感覚って実は大きいんです。「山賊の娘ローニャ」という作品を作ったとき、都心のCGスタジオに通わなければいけなかったんですよ。それで1年近く経ったら、自然みたいなものに対する感覚がすごく鈍くなってる状態に陥って、自分がおかしくなった気になりました。だからコンピューターで絵を描くのをやめて、もう一回紙と鉛筆に戻したことがあります。
土井 信州大学はキャンパスが県内各地にあるのが特徴で、それぞれに信州大学のお宝というものがあるんですね。またそれぞれに歴史的な建物が受け継がれていたりします。宮崎さんの作品の「コクリコ坂から」に出てきた古い建物、文化部室の「カルチェラタン」は、信州大学の前身、旧制高校の建物にも似ていると勝手に思っていたんですが、モデルがあるんですか。
宮崎 あちこちのものをいろいろ集めていますね。ただ「建物」という考え方だけではありません。例えば信州大学の繊維学部講堂というのは、前身の上田蚕糸専門学校の講堂として養蚕業の発展のために作られていて、ただの入れ物としての建物ではないですよね。そこに文化や産業の期待といった“何か”が込められた象徴として作られているんです。そうすると学校の建物なのに、そこは地域の人たちにとっても「宝」になるんですよ。そういう“何か”が込められている建物は日本全国にありますが、その良さを活かしたいと思って描きました。
学長 松本市の旧松本高等学校の校舎も、お宝の一つですね。信州大学では建物だけでなく、人も地域のお宝になっていきたいと思っています。過去において、繊維学部のように学校が地域の文化や産業をリードしていたように、大学が地域との結びつきを強めるプログラムに取り組んでいます。地域のことを学べる機会を、大学側としても作っていきます。それは188bet体育_188bet备用网址面だけでなく、たとえば地域の行事に、学生が積極的に参加することだって大いにあり得ます。学生は、これからは市民の感覚になってその街と共に歩んで欲しいのです。以前上田市長には、学生を積極的に巻き込んでくださいとお願いしました。松本であれば人口の約2%程度が信大生でしょう。ちょっと大げさな話かもしれませんが、松本市でも長野?伊那?上田市でも、“街全体が学生寮”みたいな意識で学生を受け入れて欲しいですね。
宮崎吾朗さん2作目の監督作品「コクリコ坂から」。作品に登場する人物や、老朽化した男子文化部部室練「カルチェラタン」(写真右)などが、旧制高等学校のあったバンカラな時代を偲ばせる。
「コクリコ坂から」© 2011 高橋千鶴?佐山哲郎?GNDHDDT
土井 「大学の地域貢献度」3年連続1位※に選ばれていますものね。
学長 聞くところによれば、学生をホームステイのように受け入れたい、という人たちが、特に松本市にはいらっしゃるというようですので、もっと積極的になれば接点も増えるのではないでしょうか。
土井 信州大学でしかできない体験を、学生の皆さんにして欲しいなと思いますね。
宮崎 これだけ恵まれた自然環境や地域環境が、自ずと目の前にあるということは大きいと思いますね。大学が地方にあっても、必ずしも緑に囲まれた環境にあるわけではないじゃないですか。だから信州大学が持っている特殊性とか、かつてはキャンパスが散らばってタコ足であることが弊害と思われていたこともありましたが、それが持っている利点というのも逆にあるんですよ。
土井 学長は学生に求めるキーワードとして「3つのG」を掲げられたそうですね。
学長 一つ目のGはグリーン(Green)。緑豊かだということ、さらに信州大学では以前から環境教育を行っていますので、環境という意味も込めてグリーンです。二つ目はグローバル(Global)。三つ目のGはジェントル(Gentle)です。
土井 信大生とジェントル?
学長 ジェントルにはいろいろな意味がありますが、深い教養を身につけ、落ち着いて考えることができ、気品高く、人や社会に優しく、穏やかな人間に成長して欲しいという気持ちを込めています。3つのGマインドを持った人材育成です。ジェントルって信州大学にあっていますよ。信州大学の学生って、実は皆、ジェントルじゃないかなと私は思っているんです。
土井 宮崎さん、どうですか?
宮崎 まあ、バンカラ…かな(笑)。いや、バンカラというのはハチャメチャであるかもしれないけど、他者に対して攻撃的であるとか、ないがしろにするということではないですよね。むしろ誇り高いところがあります。だからジェントルとバンカラには共通点があります。こんなに大学生が「学生さん」と呼ばれて、地域の人たちから可愛がられるところはありませんから。
※ 出典:日本経済新聞社?産業地域188bet体育_188bet备用网址所「大学の地域貢献度に関する全国調査」(2012~2014)
土井 最後にお二人から信州大学を志望する皆さんに、メッセージをいただけたらと思います。
宮崎 こんなすばらしい環境で、人生の大切な時間を過ごせることは、なかなかないだろうと今でも思うんですね。信州という地や信州大学が持っている魅力から得られるものは、単に大学生になった、ということでは言い表せない価値があります。だから信州大学で、ぜひ4年間“無駄(で有意義)な時間”を過ごして欲しいですね(笑)。
学長 信州という美しい環境で、いろいろな出身地の人に出会うことができます。そういう人たちと大学の中だけではなく学外でも、24時間様々なことができるのが信州大学の良さです。ぜひ4年間まるごと信州に浸って、勉強も課外活動も存分に楽しんでいただきたいと思います。
土井 お二人の素敵なメッセージでした。本日はどうもありがとうございました。
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