症例の紹介(上肢班)
肘部管症候群
肘部管症候群は肘内側にある肘部管で尺骨神経が以下の様な原因により圧迫または牽引されることで発症します。
- 神経を固定している靭帯やガングリオンなどの腫瘤による圧迫
- 加齢に伴う肘の変形
- 子供の時の肘の怪我による変形
- 野球や柔道などのスポーツによる障害
薬物治療などの保存治療で症状が回復しない場合は、尺骨神経を圧迫している靭帯の切離やガングリオンの切除をします。神経の緊張が強い場合は、骨?関節の処置や尺骨神経を前方に移動させる手術を行います。肘の外反変形を直す場合もあります。
野球肘(上腕骨小頭離断性骨軟骨炎)
少年野球肘に対する診断、リハビリ指導、手術治療
小学生からの過度の投球動作(野球、ドッジボール、など)や体操床運動で上腕骨小頭部の骨軟骨欠損が生じることがあります。症状は小学校高学年、中学生になってから生じることが多く、投球の球離れ時の肘痛、肘がまっすぐに伸びない、肘に引っかかり感がある、などが主な症状です。原因となる運動を休むと症状は軽快しますが、進行した場合は運動を再開すると症状が再発します。肘内側の内側側副靭帯損傷が原因の場合と、肘外側の上腕骨小頭離断性骨軟骨炎が原因の場合がほとんどです。
安静、リハビリ、投球動作の修正などで軽快する軽症なのか、これらの治療で治らず手術を要する重症かの判断は、身体所見の診察に加えて、レントゲン写真、MRI、超音波、関節鏡所見などで総合的に判断します。
治療においては、スポーツ種目や目標とするスポーツレベル、試合によって患者さんの希望を取り入れて決定します。肘の痛みで悩んでいる野球少年、治療を行っても症状が改善しない野球少年の受診をお待ちしております。特に上腕骨小頭離断性骨軟骨炎の手術実績では、これまでに、ドリリング手術8例、骨釘移植術15例、膝からの骨軟骨柱移植術30例、骨髄間葉系細胞移植5例と国内トップクラスの手術数です。ほとんどの方は野球競技の継続が可能となっています。
手根管症候群
手根管とは手のつけねにある手根骨と横手根靭帯で囲まれたトンネルです。手根管症候群とは手根管内で正中神経が圧迫を受けることにより生じます。
罹患率は1000人に1人といわれており、男性よりも女性に多く、40才代以後に多い傾向があります。若い女性では妊娠中にも発症することが知られております。人工透析を受けている方にも発症します。
最も多い症状は手指のしびれです。病気の始まりでは、しびれは1日中あるというよりも、受話器を持っているとき、新聞を手で持って読んでいるとき、傘をさしているときなどある一定の状態が続くと手がしびれてくる、朝や夜に手のしびれや痛さで目が開き、手を振ると楽になるという症状が特徴的です。
この時期を過ぎますと、強いしびれは感じなくなり、1日中しわしわとしびれる、親指の動きが悪くなり力が入りづらくなるという麻痺の症状が現れてきます。また症状は手ばかりではなく肩こりの原因にもなります。肩こりがひどくてときどき手がしびれることがあるという方は手根管症候群の可能性があります。
原因は単一ではありませんが、ほとんどは原因不明のいわゆる特発性という診断がつきます。
最近ではアミロイドという物質の沈着が原因の一つであると考えられています。診断は特徴的な前述の症状や診察でほとんどはわかります。
診察では感覚の鈍い場所が正中神経の領域と一致しているか、手首を曲げて(掌屈して)1分以内に指のしびれが増強するか、手首のところを何かで軽くたたいて指先にびんびんとひびくか、などを調べます。さらに母指球筋という母指のつけねの筋肉が痩せているか、などをみます。
母指球筋の痩せがなく神経伝導速度も少しだけ遅れているということであれば、消炎鎮痛剤投与、力仕事やキーボードをたたくなどの繰り返す動作をなるべく避ける、夜間手首を動かさないように装具をつける、などの保存的治療を行います。また診断的治療として手根管内に局所麻酔剤とステロイド剤を注入してみます。
このような保存的治療を行ってもしびれがとれずにいろいろと困ることがある、長期間しびれている、母指球筋が痩せている、神経伝導速度がかなり遅れているという場合には手術をお薦めします。
信州大式鏡視下手根管開放術
当科では、安全で、より侵襲の少ない手術方法を行っております。
手術は局所麻酔で行います。手根管症候群の手術は、正中神経の圧迫をとるために前述の横手根靭帯を切離します。
当科での方法は、従来から行われている内視鏡による開放術の問題点を克服し、安全で確実に横手根靭帯を切離する鏡視下法(信州大学方式)を行っております。
信大方式の特徴は2つあり、一つは、関節鏡挿入時の抵抗を少なくした手術方法を行うこと、さらに日本人用に開発した器具を使用することです(右図)。このカニューラは直径が5mmで、長さは8cmと小さめです。手術中の手根管内圧の上昇が少ないことが確認されております。
現在までに約500件手術しております。
日常生活あるいは職場復帰は早くて手術翌日から、平均13日程度です。創の痛みは、日が経つにつれて少なくなっていきます。
手術後は抜糸を7~10日で行います。術後は痛みに応じて手を使っていただいて結構です。術前の神経伝導速度の遅れが軽度の場合には症状はすぐにとれます。特に夜間のしびれ痛みは手術したその晩から解放されます。神経伝導速度がかなり遅くなっている場合にはしびれがとれるのに数ヶ月かかり、母指球筋のやせは1年から2年くらいかかることもあります。手術成績は良好です。
皮切は手首と手掌にそれぞれ約1cm、点線は靭帯を切る方向を示します。
麻酔の注射です。これは“痛い”です。
皮膚を切って神経の上にある筋膜を出します。
横手根靭帯の手前を見える範囲で切ります。1cmくらい。
前腕の筋膜も一部切ります。これを十分切らないとよくならないことがあります。
次に手のひらを切り、手掌腱膜をだし、これを切ります。
その下に横手根靭帯の端が見えてくるので、それを見える範囲で切ります。これで横手根靭帯は入り口と出口のところで少し切れたことになります。出口のところは特に狭く、神経、血管を傷つけやすいので、ここを処置するのが大変重要です。
手首の傷から ディッセクターをいれて手のひらにだします。よくみることが大切で、これで道筋をつくります。
次にカニューラをつけた棒を8と同じように手首の傷から手のひらの傷へ出すように手根管内を通します。ここがポイントです。抵抗が強い場合や、棒の先端がうまく見えないときには、決して無理をせず、皮膚切開を大きくして鏡視下法をやめます。
抵抗少なく、スムースに通すことができました。
棒を抜いて、カニューラのみにします。一方の穴から関節鏡をいれ、もう一方の穴からナイフを入れて靭帯を切ります。
横走する線維が見えますが、これが切るべき横手根靭帯です。神経や他の組織は横切ってないですね。このように見えれば靭帯を切ってよいのです。
フックナイフで靭帯を切り始めました。
切り終わったらカニューラを抜き、手首の傷から関節鏡を入れて靭帯が切れているかどうかを確認します。
うまく切れている場合には このように見えます。靭帯の切れ端がきれいに見えます。
あとは傷それぞれに1~2針かけて終了です。
こんな感じの傷です。手術時間は7分から15分くらいです。痛みに耐えられるのであれば手術した手をすぐに使っていただいてかまいません。
関節リウマチによる上肢障害に対する再建術や人工関節置換術
関節リウマチ肘における人工肘関節全置換術
肘関節がリウマチに罹患して破壊が進むと、痛みや可動域の制限が生じて、洗顔動作、洗髪動作、食事、トイレ、物を持つなどに困難が生じます。私達は過去に5年間に23人の患者さんに人工肘関節全置換術を行ってきました。使う機種は関節の状態によって2種類です。過去に肘の手術歴がなく、骨折がなく、肘の骨が比較的保たれている場合はKudo式を用いており、それ以外はCoonrad-Morrey式を用いています。どちらも手術、リハビリで約6週間の入院が必要です。手術後の成績について、20年以上前に行った患者さんから経過をずっと診させてもらっていますが、術後5年経過しても90%以上の患者さんの肘が疼痛なく使用出来ています。
関節リウマチによる手指の変形、機能障害に対する手術
関節リウマチでは手首、指の変形が生じて痛みや、使いづらさ、変形などが出現します。これらの障害に対して手関節固定術、シリコンによる人工関節置換術、指の関節形成術などを行って、患者さんが痛みなく指が使え、形も良くなり満足されています。
前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺
疼痛を前駆症状として発症する前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺
肩、腕、肘部の急激な疼痛で発症し、その1~3日後に指の運動障害に気づく疾患です。親指と人差し指の屈曲が困難になる前骨間神経麻痺と、親指から小指までの指の付け根の関節の伸展が困難になる後骨間神経麻痺があります。原因として、神経炎、神経の圧迫などが考えられています。しかし、適切な治療法、予後は明らかではありません。私達はこれらの疾患に対し薬物療法、リハビリ、手術(神経剥離、腱移行)などの治療を患者さんのニーズに合わせて積極的に行っております。また全国でこの神経麻痺を専門に治療している施設、専門医と連携して治療にあたっています。
加齢による変形性手関節症?指関節症に対する関節形成術
高齢者の手指の変形、機能障害に対する手術
高齢になると腰やひざと同様に手指の関節障害による痛みや変形が生じて、日常生活が不便になることがあります。特に手首の関節障害で、小指や薬指の伸筋腱が切れる変形性遠位橈尺関節症、親指の付け根の関節(母指CM関節)の変形性関節症、指先の第一関節の変形性関節症であるヘバーデン結節などは日常生活の注意、装具療法、手術治療により痛みや不便さが軽減します。当科では積極的に高齢者の手指の障害に対して、相談、指導、治療を行っています。
四肢外傷や組織欠損に対するマイクロサージャリーによる再建手術
開放骨折などの重度四肢外傷や骨軟部腫瘍の切除後には、皮膚?筋などの組織が広範囲に欠損します。このような組織欠損に対しては、他の部分から皮膚?筋?骨などを移植して治療する必要があります。その際に血管を付けた組織を移植し、移植した先で血管を縫合することで“生きたまま”移植する方法を遊離組織移植と呼びます。その際に顕微鏡を用いて微小な血管?神経を縫合することをマイクロサージャリーといいます。これまでに、組織欠損を伴う重度四肢外傷、外傷後の骨欠損、慢性骨髄炎、腕神経叢損傷などの外傷に対して良好な成績が得られています。2017年4月からは山崎宏医師(相澤病院)が定期的に診療に参加し、月曜日の午前中に診察を担当しております。
上腕骨骨折後の内反肘変形に対する矯正骨切り術
正常の肘関節が外反(外向きに反っている)していることに対し、内側に反って変形が残っている肘のことを内反肘変形と言います。小児期の上腕骨顆上骨折や内側顆骨折、骨端線離開後に生じやすいとされています。
内反肘変形は、主に整容上(見た目)の問題とされてきました。しかし、内反肘変形の場合、成長に伴って、しびれや筋力低下を呈する尺骨神経障害や、内側型の変形性関節症、肘外側の靱帯が緩む肘不安定性、などの合併症が生じることがわかってきました。
当科では、これら内反肘変形を呈した小児に対し、見た目を改善し合併症を予防する目的で、安全な3次元矯正骨切り手術を積極的に行っています。手術は入院、全身麻酔で行い、変形した上腕骨に骨切りを加えて、矯正します。矯正位を鋼線、もしくはプレートで固定します。皮膚を丁寧に縫合し、ケロイド形成を予防します。入院期間は1週間です。約4?6週のギプス固定を行います。