やっぱり、感性工学は哲学だ。特別レポート

機能や快適さはもちろんのこと、幸福?ワクワク?ドキドキ感まで科学する…
日本で唯一の学部、信州大学繊維学部の十八番(おはこ)ともいえる感性工学科が設置されたのは28年前。
人間の感性という主観的で論理的に説明しにくい反応を、科学的手法で分析?評価し、活用することを探求する技術分野。
英語表記もKansei Engineering…日本独特の学術188bet体育_188bet备用网址だ。

気が付けば社会は既にSociety5.0…
AI、ロボット工学が急速に台頭する現在、マルチモーダル化したAIロボットであっても、人間の五感のうち触覚?触感センサーにはまだまだ課題があるらしい。

そういう今だからこそ最先端ともいえそうな感性工学という学術188bet体育_188bet备用网址を掘り下げてみよう、ということになり信大NOWで感性工学を特集してみました。
着心地、触り心地、使い心地のよさは人々の至福感に至る…
やっぱり、感性工学は哲学だ。

????? 信州大学広報誌「信大NOW」第140号(2023.7.31発行)より

【座談会 フリートーク 】Roundtable Discussion on Kansei Engineering
時代が求める「感性工学」の未来。

 信州大学繊維学部に「感性工学科」が新設された平成7年(1995)年は、あのWindows95が発売され(もしかしたら今の大学生は知らない?)、インターネットと携帯電話の普及が始まった年とも言えます。
 ブロードバンドやモバイルで、さあデジタル加速、という時に、「感性」という、人の内面に向かう学問での学科設置の答申。今考えれば相当な時代の先取りです。
 それから28年、「感性」という付加価値は、もはやモノづくりには不可欠なものとなっていますが、時代はさらにSociety5.0。バーチャルだ、メタバースだ、AIだ…と新しいステージに踏み出しています。
 「感性工学」はこれから何を目指し、どこへ向かうのか…そんなことを聞いてみたくなり、先進繊維?感性工学科の教員の皆さんに語ってもらいました。 (コーディネート?毛賀澤 明宏)

5people4.jpg

左から:田中 稔久 教授、上條 正義 教授、高寺 政行 教授、金 炅屋 准教授、金井 博幸 教授

そもそも「感性工学」とは? その学問の魅力

―今回は奥が深そうな「感性工学」について、色々とお話しをお聞きしたいと思っています。まずは改めて“そもそも感性工学とは?”というところからお聞かせください。

高寺政行教授(以下役職略):そこから、ということであれば信州大学繊維学部に日本初の感性工学科が創設された当時の、日本におけるモノづくりの状況から見ていく必要があります。当時、繊維製品などのあらゆる製品が生産体制を国内から海外へシフトしていこうとしていました。その大きな理由は“低価格を皆が求めていたから”ですね。
 つまり、日本のモノづくりは「いかに価格が割安なものを大量に作るか」という方向に進んでいたんです。
 一方で、これに反し「いかに付加価値の高いものを作るか」という視点に基づいたモノづくりに目を向ける必要があるのではないかと主張する人もいて、こうした潮流のなかから感性工学という学問が誕生しました。

―よく聞かれるのが、「感性工学」と「人間工学」の違いです。両者はどのような点が異なるのでしょうか。

高寺:人間工学は主に人間の“フィジカルの部分”を188bet体育_188bet备用网址対象としていて、人がより効率よく疲れないで働けるようにすることを考える学問なんです。椅子を例にとると、人間工学の観点で作る椅子は「長く座っていても疲れない、仕事がしやすい」ということが設計目標になります。
 でも、椅子の価値ってそれだけじゃないですよね。購入する時には、色や形がインテリアに合っているものを選びたいし、素材にこだわる人もいる。要するに、“人の心理の部分”に関わるニーズがある。その点を満たせるかどうかが最終的に購入に結び付く分かれ目になります。感性工学はこの“人の心理の部分”を188bet体育_188bet备用网址する学問なんです。
 ですから、工場やオフィスで使う椅子だったら人間工学に基づいて作れば良いけれど、ホテルの椅子は高級感や雰囲気などが重要で、感性工学に基づき設計しないと本当に満足度の高いものは作れないわけです。感性工学はデザインにも及びますので、まさに今のSTEAM教育の先取りともいえます。
金井博幸教授(以下役職略):さらに感性工学のモノづくりは、これからの時代により一層重要になってくるのではないかと思います。例えば、自動車づくりでこれまで主に目指されてきたことは、ペダルの踏みやすさとかステアリングの扱いやすさといった「操作性の向上」で、これは人間工学の分野です。
 でも、これから自動運転が普及してくると、人は運転することから解放され、車のなかで過ごす時間を持て余すことになる。そうなってくると、車に求められるものは、操作性よりも“ラグジュアリー感”とか“居心地の良さ”といった感性的な付加価値になってきます。

mr takatera2.jpg

工場?オフィスの椅子は「人間工学」で作れるが、
ホテルの椅子は「感性工学」でないと作れない。(高寺)

信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維?感性工学科
感性工学コース
高寺 政行 教授

188bet体育_188bet备用网址分野は感性工学、繊維工学、衣服工学
1981年信州大学繊維学部卒業
その後信州大学助手、助教授等を経て2004年より現職

Society5.0… この時代の「感性工学」とは

―急速に変化する現代社会の中で感性工学を取り巻く状況も大きく変化しているのではないでしょうか。
特に、超スマート社会Society5.0で求められるものはいかがでしょうか。

金炅屋(キムキョンオク)准教授(以下役職略):私の188bet体育_188bet备用网址分野である服づくりに関しては言えば、バーチャル空間を活用して服づくりをする「eファッション」がトレンドですね。
 コロナ禍で外出制限が出されるなどして、こうした服づくりが困難な時期がありました。それで、必要に迫られて、関係者を遠隔でつないでバーチャル上での服づくりに取り組まざるを得なかったことがきっかけです。服づくりはデザイン画を描いて、パターンを作って、それに基づいて実物の服を作って、出来たものを見て評価するという段階があるんです。大手アパレルメーカーなどでは、今やこうした一連の過程をすべて3Dシミュレーターを使ってパソコン上で行い、「最終的な設計だけ実物(商品)にしましょう」という状況になっています。
 服づくりは実物がないと生地の素材感やテイストといった感性に関わる部分が分からないじゃないですか。それで、これまでは実物での作業が重要視されてきたのですが、最近は生地の素材感やテイストといった感性に大きく関わる部分もデジタル上でだいぶ分かるようになってきています。
高寺:服の購入という観点でのDX化の動向はどうですか?
金:とても進んでいて、最近はウェブサイト上に実物の商品画像はなく、3Dシミュレーションで作った3D画像だけを載せているECサイトもあります。消費者の反応を見て、一定数の注文が入ったら生産を行うという狙いです。ただ、3Dシミュレーションはあくまで仮想現実ですので、もちろん実物の服と同じものではありません。ですから、実物が届いてから「思い描いていたものと違う」ということもあり得るわけです。私自身、そのようなバーチャルとリアルのイメージの差をどうしたら埋められるかを、感性工学の観点から考える188bet体育_188bet备用网址も少しずつ始めているところです。

―DXは効率化だけでなく、付加価値を高めた“欲しい服づくり”にもつながりますか?

金:今の時代において、購入意欲を刺激する服は「美しい」「格好良い」といった感性価値を持ったものです。そのため、感性工学的な服づくりが重要になるわけですが、3Dシミュレーションなどのデジタル技術を活用することで感性価値を定量的に測りやすくなります。服づくりのDXは人が欲しいと思える服づくりを促すと言えるでしょう。
金井:性能?機能も服の購入意欲を刺激する要素のひとつですが、バーチャル空間上で性能?機能をシミュレーションで評価し製品を設計していくという考え方は一つの大きな流れを形成しています。私はより心地よい服づくりを目指す188bet体育_188bet备用网址をしていて、人が動いた際に身体に掛る衣服圧の計測を行ってきましたが、今や実際に測らずにシミュレーションで大体の部分を推察できるようになってきました。

ms kim2.jpg

DXは人が欲しいと思える服づくりを
進化、加速させるでしょう。(金)

信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維?感性工学科
感性工学コース
金 炅屋 准教授

188bet体育_188bet备用网址分野は繊維工学、ファッション工学
2013年信州大学大学院総合工学系188bet体育_188bet备用网址科修了
2019年より現職

本当の「感性価値」をAIは理解し扱えるのだろうか?

―DXに関連して、ここにきてChat GPTのようなかなり高度な生成AIが登場し、ネット上で何か質問すればある程度の回答を簡単に得られるようになりました。188bet体育_188bet备用网址や教育はどう変わりそうですか。

田中稔久教授(以下役職略):たしかに、レポートや論文の作成といった点では脅威です。しかし、現段階では質問に対する回答にとどまっており、188bet体育_188bet备用网址にとって重要な要素である“創造性”はまだ発展途上ですね。創造性の源泉は個性ですが、現状ではAIは個性を持っていません。今後、個性を理解する「個人AI」が出てくれば、創造性が発揮されAIの価値は高まるのではないでしょうか。倫理面での整備はもちろん必要ですが。
高寺:創造性に似たものとして、“閃き”がありますが、これも188bet体育_188bet备用网址活動において重要な要素です。個人AIが開発されれば、AIがそれぞれの個性で閃いて、新たな発見や見方が増えていきそうです。
金井: 今のAIが作るものにはストーリー性がないということも、感性工学の188bet体育_188bet备用网址でAIを活用するうえでの課題です。感性工学の手法の一つとして、モノにストーリーを付加して感性を刺激するというものがありますが、現状のAIではこうしたことができないんですよね。
上條正義教授(以下役職略):モノにストーリーを付加することは、いわゆる“コトづくり”と言い換えることもできますが、これによりモノが単なるモノ以上の付加価値を持つようになる。そして、その付加価値が人を惹きつける。感性工学が目指す方向性のひとつに、こうしたコトづくりがあるだけに、AIがストーリー性を持たせたものを作れるようになるのか、今後の動向に注目しています。

―AIの回答が不正確といった点を指摘する声もありますが…どう使われますか?

金:ChatGPTなどの生成AIが回答を作るために使っている情報はインターネット上のデータですので、情報の質を担保できない部分があります。それならば、AIが情報源とするデータを私たち188bet体育_188bet备用网址者が作ればよいのではないかと思います。つまり、AIはあくまで“道具”ですので、その便利な道具をどう使っていくかを考えることが重要ではないでしょうか。
 ただ、教育面に関して、学生は必ずしも正しく使いこなせるとは限らないので、教員が指導する必要はあります。今は、必要な情報をインターネットなどを通じて効率よく見つけることができる力が問われている時代です。生成系AIはそのための重要なツールになっていくでしょうから、大学の188bet体育_188bet备用网址でもノータッチというわけにはいかない。回答をどこまで信用し、どのように取り入れていくかを、私自身も学生に伝えていきたいと思います。
上條:大学教育での生成AIの活用を考えるうえで、もうひとつ重要な観点が、学生のモラルの醸成です。作成されるレポートは、あくまで“オリジナル”でなければならない。このオリジナリティこそが、各人の感性?個性であり、それをどのように育成していくのかが重要だからです。しかし、AIでレポートを作成してしまえば、学生のオリジナリティは失われ、感性教育の機会が奪われることになります。
 そのため、レポート作成で生成AIの活用を認めるならば、あくまで“道具”としての活用に留める意識を学生に強く持たせる必要がある。生成AIで得た情報の真偽を自分で確かめ、その情報に基づき自分で考えることの重要性を学生に伝えることが重要だと思います。

mer tanaka2.jpg

今後、個性を理解した「個人AI」が出てくれば
我々の利用価値も高まりそうだ。(田中)

信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維?感性工学科
感性工学コース 学科長
田中 稔久 教授

188bet体育_188bet备用网址分野は環境技術、環境材料化学、生分解性高分子、繊維材料化学(構造?物性)
1999年信州大学大学院工学系188bet体育_188bet备用网址科修了
2020年より現職

「感性工学」は、これから何処へ向かうのか?

―最後に、感性工学の未来展望についてお聞かせいただけますでしょうか。感性工学はこれから何処へ向かうんでしょう?

高寺:個人が喜ぶものを生み出すためには、“個性をどう扱うか”というところに最終的に行き着きます。ですから、今回話題に挙がっているAIとの関連で言えば、感性工学の188bet体育_188bet备用网址でAIを活用するならば個性を持たせることが必要になるわけです。
 将来的に個性を持ったAIが開発されれば、感性工学の188bet体育_188bet备用网址で活用できる可能性はあるでしょう。ただ、現状ではそれを作るためのデータが不足しています。インターネット上に様々なデータが溢れるほどありますが、それらは必ずしも信頼できるものではない。要するにデータソースがきちんとしてないと188bet体育_188bet备用网址で活用することはできないんです。この点が課題と言えますが、技術の進歩で状況が変わっていくような気もしています。
金井:“効率化ではない価値の提供”も、感性工学のこれからを考えるうえで重要になると思います。現代人はあまりにも効率性を求め過ぎている。しかし、それ以外の価値に目を向けないと、モノに関して言えば、値段が安ければ皆が飛びつくということになります。そのような価値観に基づいた暮らしや社会は豊かだと言えるでしょうか。“ドキドキ?ワクワク”とか“侘び寂び”といった感覚に感性的な価値がつき、社会にきちんと評価され、経済価値が付くためにはどうしたら良いかを考えなくてはいけません。

mr kanai2.jpg

“ドキドキ?ワクワク”とか“侘び寂び”といった感覚に
経済価値が付くようにしなくてはいけない。(金井)

信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維?感性工学科
先進繊維工学コース
金井 博幸 教授

188bet体育_188bet备用网址分野は感覚計測工学、生体機能計測
2001年信州大学大学院工学系188bet体育_188bet备用网址科 修了
その後信州大学繊維学部助手、准教授を経て2022年より現職

金:モノづくりにおいて、その担い手が高齢化してきている現状を考えると、デジタル技術を活用して仕事を属人性から解放し、効率化を図っていく必要があるでしょう。一方で、効率だけでは人が喜ぶものは作れません。多くの人に喜んで使ってもらうモノをつくるためには、人間の感性を理解できないと難しい。感性は個人の経験や社会的な環境に依るところが大きいので、それらを考慮しながら人の感性を刺激する服づくりを進めていく必要があると思っています。
田中:タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを求めて、効率化がどんどん進んでいくことは、世の中の大きな流れですし、私の188bet体育_188bet备用网址領域である「材料開発」でもそうです。ただ、まだAIにはない人の特性としての「閃き」は、効率化とは対極である何もしない時間に突然閃くこともあります。一般的には無駄な時間と思われていることが、実は無駄ではない“貴重な時間”であるとも言えます。効率化だけが重要な価値ではないことを、将来を担う学生に伝えていきたいと思っています。
上條:ちょっと哲学的な言い方になるかもしれないですけど、感性工学が目指しているものって、“人類の幸せ”ではないでしょうか。でも、今の時代が果たして幸せな時代かというと、とてもそうだとは言えない。その大きな理由のひとつは、皆さんが指摘されているように、社会が大きな流れとして“効率化”の方向に突っ走っていることの弊害ではないかと思うんです。現代社会は人間らしく生きていくことを、忘れさせられてしまうような状況にあるのかなと。そのようななかで、「人間として何が幸せなのか、どう生きていくのか」ということを、もう一回改めて考えることを多くの人が求めているように思えます。そして、まさに感性工学はそのきっかけになるのではないでしょうか。

mr kamijyo2.jpg

感性工学が目指しているものって
結局のところ“人類の幸せ”です。(上條)

信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維?感性工学科
感性工学コース
上條 正義 教授

188bet体育_188bet备用网址分野は感性工学、感性計測
1989年信州大学大学院繊維学188bet体育_188bet备用网址科修了
その後信州大学繊維学部助手、助教授を経て2009年より現職

―もはや工学にとどまらず、これは“哲学”ですね。

高寺:そのような“哲学”のもとでエンジニアリング(工学)に取り組んで行こうということですね。
上條:その通りです。哲学をそのまま言葉で伝えようとしても、世の中にはあまり通じない。ですから、モノづくりを通して、この哲学を実践し、人類の幸せを目指していきましょう、というのが感性工学だと思っています。これからも感性工学のモノづくりがもっともっと社会に広がることで、人類が幸せに近づいていくことを願っています。

―皆さん本日はお忙しい中、素敵なお話をありがとうございました。

meeting3_1.jpg

ページトップに戻る

MENU