信州の希少な伝統野菜と地域食文化を映像で残す。地域コミュニケーション
信州大学×長野県ケーブルテレビ協議会 2020年度共同事業 信州の伝統野菜映像アーカイブスプロジェクト&リモートシンポジウム
信州大学と地域貢献での連携協定を結ぶ長野県ケーブルテレビ協議会(30局)は、共同で行う2020年度の連携事業として、長野県各地に伝わる希少品種であり、ともすれば消えゆく伝統野菜を映像に残す取り組みを新たにスタートさせました。
地域を知るケーブルテレビ局(以下、CATV局)がフットワークのよい映像制作を行い、本学が品種にまつわるエビデンスを提供する新しい取り組みです。
2020年度は8本の映像を制作、そのお披露目を兼ねて開催したリモートシンポジウムでは、5つのスタジオに各地の生産者が出演、伝統野菜の魅力について語り合いました。
????? 信州大学広報誌「信大NOW」第127号(2021.5.31発行)より
「信州の伝統野菜」希少種79品種は 地域の歴史?伝統?文化そのもの
信州大学と長野県ケーブルテレビ協議会は2012年度に結んだ連携協定に基づき、これまでもそれぞれの強みを生かして地域に貢献する映像コンテンツの制作やイベントに取り組んできました。
2013年度には「信州の火祭り」をテーマに、長野県内各地のCATV各局が正月の伝統行事「どんど焼き」?「三九郎」などの映像を制作。地域で名称も様々なそれらの映像を持ち寄り、風習の違いなどを認識し合うフォーラムを開催。地域の伝統行事の多様性を検証、伝統文化の価値や資源を見つめ直す機会となりました。
また、2017年度には、COC「地域をみなおす、うごかす。」と題した信州大学発地方創生プログラムの一環で、地域課題を解決する事業プランの公開審査会を実施。入賞者には活動のプロモーションビデオをケーブルテレビ各局が企画?制作するという新しい連携の形を示しました。
長野県は山岳地帯のため同協議会の加盟局は30局と多く、各地で映像制作を協力いただけることから「広報連携長野モデル」とも言えそうな特色があります。
日頃地域に密着して番組制作をしているCATV各局のフットワークに信州大学の学術的な知見が掛け算されることで、地域貢献につながる情報発信ができると考えています。そうした流れのもと、2020年度は信州大学と長野県ケーブルテレビ協議会による新たな取り組みとして、ともすれば消えてしまう信州の伝統野菜を映像に残し伝える、映像アーカイブスプロジェクトに取り組むことにしました。
地域ブランドにもなり得るがともすれば消えてしまう伝統野菜
伝統野菜とは、広く市場に流通している野菜とは異なり、地域固有の特徴を持った野菜を指します。現在、生産?流通されている野菜の多くは、育てやすく見栄えの良い規格のそろったものがほとんどで、農業試験場や種苗会社が開発したこれらの品種は、病気に強く、収量?品質共に安定しています。対する伝統野菜は、収量が少なかったり新たな病気に対応しづらかったりと、不利な点が目立ち、現在の状況をこのまま放っておくと、伝統野菜は姿を消してしまうことさえ危惧される状況です。
背景には、高度経済成長期に食生活の西洋化が進んだこともあります。伝統野菜は郷土料理とセットで伝承されてきた経緯があり、地域行事と家庭料理が次第に簡素になるにつれて、伝統野菜が求められる場面が少なくなってきている現実があります。
一方で、伝統野菜にはほかには代えられない特別な価値があります。それぞれの伝統野菜には独自のストーリーがあり、そのこと自体が地域の特産物としての魅力です。地域の人が代々受け継ぎ、守ってきた歴史が、ほかの農産物にない価値になるというわけです。
長野県では2006年度に認定制度を設け、来歴?食文化?品種特性の3項目で一定の基準を満たしたものを「信州の伝統野菜」として選定しています。伝統野菜の存在意義を見直し、復興させようとする取り組みで、その認定委員のメンバーには、信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(農学系)の松島憲一准教授が加わっています。農産物の品種改良や遺伝解析のプロフェッショナルであり、伝統野菜の栽培農家とも関係が深い松島准教授が監修することで、今回のプロジェクトの実現に至っています。
信州を代表する「野沢菜」などまずは8本の映像アーカイブスを制作
松島准教授を中心に、撮影する伝統野菜の選定を進め、最終的に2020年度は9種類8本の映像コンテンツを制作することに。その中には、信州の漬物文化を代表する「野沢菜」(野沢温泉村)、地域によって若干呼び名が変わる「ぼたごしょう」(信濃町)、大きな見た目が印象的な「ていざなす」(天龍村)などが含まれます。同じ木曽地域の「芦島蕪」と「吉野蕪」は1本の映像にまとめました。
それぞれの映像コンテンツには、伝統野菜の生産者が登場し、野菜の特徴や栽培の工夫についてのインタビューが収められています。作り手だからこそ知るおいしい食べ方を実演しているほか、監修者の松島准教授による解説や、伝統野菜を購入できる直売所の紹介も盛り込まれています。
このうち、野沢菜は全国的に知られていますが、信州の伝統野菜として認定されているのは、野沢温泉村で自家採取して栽培される由緒正しいものに限ります。つまりは、県内であまた栽培されているうち、言ってみれば“キング?オブ”野沢菜のような存在というわけです。生産から加工までを行う「とみき漬物」(野沢温泉村)の富井義裕社長は「見た目は一緒でも味や質が明らかに違う」と話しています。
この「野沢菜」は葉の部分を漬物にしますが、伊那市の「羽広菜」は根の部分を味噌と酒粕に漬けて食べるというように、同じ「漬菜(つけな)?でも地域間の食文化の違いが見て取れます。松島准教授は「南北に長く山々に隔てられた長野県では、地域ごとの特色が異なるため、伝統野菜もそれぞれに歴史を育んできた経緯がある」としています。まさに地域の伝統?文化を象徴しています。
伝統野菜の持つ文化的?経済的、そして科学的な価値を次世代に
今回取り上げた伝統野菜の中には、すでに生産者が数人しかおらず、「絶滅危惧種」に近い状態のものもあります。松島准教授は「伝統野菜が受け継がれている中山間地域では、特に高齢化と過疎化の進行が進んでいる」と状況を危惧しています。そうした中で、伝統野菜を後世に引き継いでいくには、より多くの人が伝統野菜の魅力に気が付き、継承の機運を高めていく必要があります。
これまで触れてきた通り、伝統野菜は文化的な価値と経済的な価値を併せ持っています。松島准教授はさらにもう一つ、「科学的な重要性がある」と付け加えます。例えば、一般に流通する品種ではすでに失われてしまっている遺伝的形質を、ある伝統野菜が持っているというケースが考えられます。伝統野菜が遺伝資源として、品種改良の素材として役立つ場合があるというわけです。
伝統野菜を絶やさずに残していくことは、文化的?経済的?科学的な3つの観点で重要な意味を持っています。
シンポジウムでは8本の映像を持ち寄って信州各地のCATVスタジオをつないで検証
CATV協議会専用の光回線を使いリアルタイムでスタジオをつなぐ
メインの伊那スタジオには、信州の伝統野菜の認定委員で、本プロジェクトを監修した信州大学学術188bet体育_188bet备用网址院(農学系)の松島憲一准教授、県内外の直売所のネットワークづくりを進める産直新聞社の毛賀澤明宏代表取締役、信大卒業生でもある伊那ケーブルテレビの平山直子アナウンサーの3人が登場。中継先の長野県下の4スタジオには、「ぼたごしょう」(信濃町)、「山口大根」(上田市)、「保平蕪」(松本市)、「ていざなす」(天龍村)の生産者を1人ずつ招待しました。長野スタジオ(INC長野ケーブルテレビ)は、シンポジウムを後援した信州の伝統野菜を所管する県農政部園芸畜産課の担当者も同席しました。
完成した映像コンテンツのダイジェスト版を1本ずつ視聴した後、各スタジオの局アナウンサーと伝統野菜の生産者とで撮影を振り返りつつ、生産者の方には栽培にかける思いを語ってもらいました。メインスタジオの松島准教授や毛賀澤氏とも中継を介してやりとりし、栽培を続ける上での課題や、必要な支援策について問題意識を共有しました。
「生産者が農産物で生活できる」まずは経済的な課題
長野スタジオには、夫婦で約10年間「ぼたごしょう」の栽培に当たっている、関谷洋子さんに来てもらいました。ぼたごしょうは、ピーマンのような見た目をした緑色のトウガラシで、信濃町を代表する伝統野菜です。映像コンテンツの中では、信濃町の郷土料理「やたら」を紹介。ナス?キュウリ?ミョウガと一緒に刻んで、大根の味噌漬けで味付けした一品です。洋子さんは「焼きそばや炒め物などありとあらゆる料理に入れています」とし、「息子には“やたら”と入れるなよ、と言われることもあります」と、冗談交じりに話していました。
INC長野ケーブルテレビの阿部夏美アナウンサーに栽培上の課題を問われると、洋子さんは「今まで地域で作り続けられてきた、いいぼたごしょうを残していくのが課題」と説明。「作ろうと前向きになってくれる若者がいない」と、後継者不足も挙げました。その上で、「農家は(農産物が)売れてなんぼなで(農産物を)作ってお金になることで次につなげられる。生産者が生活できるように、県の知恵も貸していただきたい」と続けていました。伊那スタジオの毛賀澤氏は「一生懸命作っているから買ってもらわなければならないというのは切実な問題。おいしいから食べてもらえるという作り甲斐を(生産者に)感じてもらえるようにしなければならない」と指摘しました。
「準絶滅危惧種」の伝統野菜には「後継者不足」が共通課題
赤カブの生産が盛んな木曽地方からは、信州の伝統野菜に選定されている7種類のうち、「芦島蕪」と「吉野蕪」(ともに上松町)が紹介されました。芦島蕪は自家用を主として種継ぎがされてきたため、これまでその存在は広く知られてこなかったといいます。20年ほど前から生産者が減り、現在生産を担っているのは、高齢の女性2人だけ。その一人、古澤はつゑさんは映像コンテンツの中で、「『もう嫌になった、嫌になった。今年はやめる』と思っていても、畑に来てカブを見るとそういう訳にはいかない。『カブが頼む、頼む』と言っているようなもので」と語っていました。松島准教授はスタジオで、「映像コンテンツの冒頭で『準絶滅危惧種』という言葉が出てくるが、お二人の方が生産をつないでいる芦島蕪
は、まさに、その言葉の状態になっていると言える」と補足しました。
一方、松本市奈川で栽培されている保平蕪の担い手、奥原勝由さんは一人で年間13トンを生産しています。映像コンテンツでは、生産者の後継者不足対策として、都会向けの収穫ツアーを開催していることが紹介されました。伊那スタジオの毛賀澤氏は「こうして関係人口が増えていくのは、地域を守っていくために重要なことかもしれない」と話し、平山アナも「いい取り組みですよね」と言葉を重ねていました。
松本スタジオとのやりとりでは、奥原さんが栽培を始めたのは、信州大学が深く関係しているというエピソードが明かされました。「私がまだ会社勤めだった頃、信州大学の学生さんが奈川に来て畑を一枚借り、そこでカブを育てて、奈川の人と一緒に品評会をやりました。その時、自分のカブが一等賞に、家の甘酢漬けが優秀賞に選ばれました。信州大の先生にも褒められて。それがすべてのきっかけですね」(奥原さん)。
そして奥原さんも、「現状ではカブの生産だけでは食べていけない。販路開拓を進める必要がある」と説明。県からの支援に期待を懸けつつ、「なんとか絶やさないように頑張っていきたい」と決意を述べていました。
あらためて「信州の伝統野菜」を守り続けていく意義
最後に、松島准教授は「実は松本城や善光寺といった県内の文化財と並ぶくらい、自分たちの足元の食文化を残していくのは大切なこと」だと指摘。その上で、「自分たちがおいしいと思って食べていないと、外の人は食べに来てはくれません。まずは地域の人たち自らが伝統野菜を食べておいしいと思うことが大切かなと思います」とまとめ、「(他地域の伝統野菜)生産者の皆さんには(映像制作の)順番が回ってくるまで、しっかり守り続けていただきたい」とエールを送っていました。
シンポジウムは番組収録され、3月下旬から5月上旬にかけて、長野県ケーブルテレビ協議会加盟各局で順次放送されました。信州大学動画チャンネル(/guidance/media/movie)では、シンポジウム全編(90分)のほか、映像アーカイブ8本すべてを公開しています。無料でご覧いただけますので、ぜひご視聴ください。