信大同窓生の流儀 chapter.08 美味しい日本米を世界に輸出するお米ソムリエ。Wakkaグループ代表 出口 友洋さん信大的人物
パワーアップしても変わらない“お米愛と地域愛”
志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第8回は、株式会社Wakka Japan、農業法人Wakka AgriなどからなるWakkaグループ代表の出口友洋さん(教育学部卒業生)をご紹介します。出口さんを最初に取材したのは8年前の2016年、濱田州博前学長との対談企画でした。これをきっかけに、出口さんは棚田保全などで信州大学とも昔からのなじみの深かった長野県伊那市長谷中尾地区への農業進出を実施。それまで手掛けていた海外での日本産米専門店事業に加えて、伊那市の限界集落で高付加価値米を栽培し海外で販売する事業にも着手しました。そして現在、これらの事業の一層の拡大を図るとともに、“むらづくり”にも力を入れていこうとしています。中山間地と海外をフットワーク軽く行き来しながら、お米に関わるユニークな事業に取り組む出口さんの魅力に迫ります。(文?佐々木 政史)
????? 信州大学広報誌「信大NOW」第147号(2024.9.30発行)より
日本米を海外で年間1,700トン販売!“ラストワンインチ”でおにぎり屋も
いわゆる限界集落と呼ばれる伊那市の長谷中尾地区、築130年の古民家をリノベーションしたオフィス兼農泊施設で、特製のかまどに手を置きながら「これで炊いたご飯は本当に美味しいんですよ」と話すのは、米?食味鑑定士という“米ソムリエ”の資格も持つ、Wakkaグループ代表の出口友洋さんです。
出口さんは信州大学教育学部を卒業後、アパレルメーカーの香港駐在員などを経て、2009年に「香港精米所 三代目 俵屋玄兵衞」のブランド名で海外初の日本産米専門店事業を開始。新鮮で美味しい日本米を世界に伝えることに取り組んでいます。
店舗は香港を皮切りに、シンガポール、台湾、ホノルル、ホーチミン、ニューヨークと拡大。さらに、2024年にロサンゼルス、ロンドン、2025年にはニュージーランドへも新たに展開予定です。輸出量も年々拡大し、現在は約1,700トンにもなります。海外では食の嗜好の多様化で粘り気のある日本米を好む人が増えており、ニーズに対して供給が足りていないほどだそう。出口さんはこうした需要に対応しようと、海外を東奔西走しており、「まだまだ拡大できる余地は大きい」と話します。
2019年からは「the rice stand」というブランドで海外でおにぎり屋の展開を開始しました。海外では日本米の美味しい炊き方についての知識を持っている人は少ないことから、お米が口に入る“ラストワンインチ(商品と消費者との距離、接点の意)”を現地の人に委ねるのではなく、おにぎり屋というかたちで自ら担い、「日本米の魅力を最大限に伝えたい」と話します。
無肥料?無農薬の米作りは棚田120枚まで拡大
出口さんは伊那市の長谷中尾地区で、海外での販売に特化した無肥料?無農薬米(自然栽培米)の栽培にも取り組んでいます。開始当初は出口さんを含めて2名で水田4枚を耕作するこぢんまりとした活動でした。自然栽培に対する社会的理解も広がっておらず、当初は田を借り受けることにも地元の警戒や抵抗が大きかったようですが、信州大学の関係者のネットワークの後ろ盾などもあり、ようやく水田を借り受けることができたと言います。しかし、その後は海外の付加価値市場に特化したビジネスモデルにより年々事業規模を拡大。地域の耕作放棄棚田を借り受け、現在では社員も6人雇用し、120枚(約10ha)の規模にまで広げています。6月の梅雨の晴れ間、棚田を見下ろしながら、「90歳を超える地元の方が、棚田に水を張った景色を見下ろして、嫁入りの時に見た景色が蘇ったと涙ぐんで話してくれました。これは本当にうれしかった」と出口さんは感慨深げに話します。
出口さんらが甦らせた長谷中尾地区の棚田は、2022年に農林水産省の「つなぐ棚田遺産」にも選定されています。オーナー制や補助金などの手段でなんとか維持されているのではなく、農家が米をつくって売るという本来の姿で維持されている“今を生きる棚田”である点が評価されたそうです。
中山間地の農業モデルとして“むらづくり”にも着手
一方で、Wakkaグループが世界各地で販売しているお米のうち、長谷中尾地区で生産したお米の量はわずか1%に過ぎないそうです。どうして限界集落で非常に手間の掛かる米作りにわざわざ取り組んでいるのか―。中山間地は平地のようにまとまった大面積での効率的な農業が難しいのが実情です。そのような状況でも、付加価値の高いお米を需要の大きい海外で販売することで、持続可能な農業が成り立つことを証明し、同じような課題を抱えている他の地域でも横展開できる「モデルケースにしたい」と出口さんは話します。
そのなかで、最近注力していることが「むらづくり」です。少子高齢化で集落が衰退していくなか、農業だけでなく地域づくりにも同時に取り組まないと、米作りを維持できなくなることに気付いたそうです。
そのため、あの手この手で地域づくりに取り組んでおり、築130年の古民家をオフィス兼農泊施設にリノベーションしたこともそのひとつ。宿泊だけでなく、農作業体験などもできるようにしており、「長谷中尾地区のファンになってもらい、移住につなげたい」と出口さんは話します。
また、この古民家の向かいにある古民家も買い上げてリノベーションし、テナントとしてジビエ料理を提供するレストランを誘致。農泊と併せて一体的に地域の魅力を伝える場としていきたい考えです。
直近では、8月に「棚田まつり」を実施しました。Wakka Agriオリジナルのお祭りで、子ども神輿の復活や、古くから伝わる「虫送り」という行事の再現などに取り組み、地域の結束を固めました。クラウドファンディングで運営資金を集めたところ、154人から目標を上回る172万3,000円を集めることに見事に成功しています。
本誌「信大NOW」での対談をきっかけに、日本米の海外販売を出口として、一歩一歩、伊那市長谷中尾の活性化を図ってきた出口さんらの取り組み―。それは全国各地の山間地の農業集落の持続可能な発展の在り方のモデルとなりつつあります。