信大同窓生の流儀 chapter.10 株式会社ウェザーマップ 気象予報士 長谷部 愛さん信大的人物
災害への対応、アートの読み解き… クロスオーバーな活動を続ける気象予報士
志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第10回は、株式会社ウェザーマップ所属の気象予報士長谷部愛さん(教育学部卒業生)をご紹介します。長谷部さんは、主にTBSラジオの気象キャスターとして活躍されていますが、防災の視点を取り入れた“ひと味違う”気象情報が注目を集めています。さらに最近は、モネやフェルメールといった絵画や浮世絵などの作品を気候変動などの気象の観点から読み解くという新たな分野を開拓し、大学教員や書籍執筆、講演活動と活躍の場を広げています。東京?赤坂のウェザーマップのオフィスを訪ね、キャスターや大学教員を通じてどのように気象に関わる仕事に向き合っているのか、また気象予報士を目指すことになった経緯などについて、お話しをお聞きしました。(文?佐々木 政史)
????? 信州大学広報誌「信大NOW」第149号(2025.1.31発行)より
豪雨、猛暑…災害級の異常気象で重要性が増す気象予報の仕事
「気象情報を通じて、自分が大切だとか、面白いと思ったことを伝えていきたいです」そう話すのは、信州大学教育学部卒業生で、気象予報士の長谷部愛さんです。
長谷部さんは、気象情報会社のウェザーマップに所属し、主にTBSラジオの気象キャスターとして活躍しています。気象キャスターというと、テレビやラジオ番組で天気予報を淡々と伝える様子をイメージしますが、長谷部さんの場合はちょっと違います。きめ細かな解説やアドバイスを行います。例えば、雨天の日に「今日は雨具が必要です」とだけ伝えるのではなく、降水量や降り出すタイミングを考慮して、長傘なのか、折りたたみ傘なのか、レインコートなのかまで細かく伝えるようにしているそうです。
また、特に力を入れて取り組んでいるのが、防災に関わる情報発信だといいます。昨今、地球温暖化により、大雨や猛暑などの気象災害が起きて社会問題化しています。そのなかで、気象災害の予報だけでなく、発生した際に「どのような行動をとったらよいのか?」といったアドバイスはリスナーにとって重要だそうで、そのニーズに応える長谷部さんのきめ細かな解説やアドバイスには反響がとても大きいそうです。
例えば、2019年の房総半島台風が去った後、長谷部さんが新聞を読んでいると、一般投稿欄のある記事が目にとまったそうです。「ラジオで気象キャスターの長谷部さんの情報がきめ細かく、注意すべきことを教えてくれた。大切なメッセージを伝える役割を十分に果たしていたと思う。ありがとう」というものでした。その記事を読んで長谷部さんは「じーんと来て、人の役に立つことができて本当によかったなと思いました」と話します。
こうした一歩踏み込んだ気象情報に取り組むきっかけは、気象キャスターになりたての頃にあったといいます。山梨県甲府市で1mを超える大雪が降りました。長谷部さんはラジオでその情報を伝えましたが、その被害の大きさにショックで立ち直れないくらいで、「少しでも被害が大きくならないように、もっと伝えられることがあったのではないか…」と後悔の念に駆られたそうです。
これをきっかけに、気象災害が懸念される際には、単に気象予報を伝えるだけでなく、どのような対策を取ればよいのかという、“情報の出口”を伝えることが大切だと考えました。それで、勉強をして防災士の資格をとり、専門的なアドバイスを行うようにしているといいます。
気象×アート188bet体育_188bet备用网址を切り拓く 大学講師や書籍出版も
活躍は気象キャスターにとどまらず、2018年からは東京造形大学の非常勤講師も務めています。一見、アートと気象は結び付かないように思えますが、実は画家の表現活動と密接な関係にあり、そのことを長谷部さんは大学の講義で学生に伝えています。
例えば、画家が知らず知らずのうちに、大気の変化の影響を受けて表現を変えていることがあるそうで、ターナーやドガの絵画である時期を境に赤味が増していくのは、当時の火山噴火で空が赤っぽくなっていったことが影響しているのではないかと考えられています。また、モネの絵画で、だんだんと輪郭が曖昧な霞んだ表現形態に変遷していくきっかけは、当時問題となっていたスモッグが影響していると長谷部さんはみています。
絵画の他にも、実はアニメや漫画といったサブカルチャーの表現形態も気象と密接に関わっていると考えており、授業の題材に選ぶようにしているそうです。例えば、スタジオジブリの宮崎駿監督の作品では、“風”が効果的に使われているといいます。「旅立ちのシーンでは冷たい風が吹く」というように、風を舞台装置にして登場人物の心情をより印象付けるように表現しているシーンがいくつか見られるのだそう。
アートを気象の観点から読み解くことで、「新たな発見や視点の獲得につながれば」と長谷部さんは話します。実際に講義を受けている学生の声を聞くと、「今までは気象に注目してアートを鑑賞することはあまりなかったが、講義を通じて改めて見てみると、なるほどと思った」と新鮮な気付きに繋がっているようです。
こうした内容などを膨らませてまとめた書籍『天気でよみとく名画 フェルメールのち浮世絵、ときどきマンガ』(中央公論新社)を2024年2月に出版しました。とても注目を浴びており、これをきっかけに、講演や執筆の依頼が増えているといいます。直近では日本経済新聞で2024年12月に連載を持ちました。「気象という観点を通じて、アートの新しい見方を広く世の中に提示できているのでは」と長谷部さんはやりがいを感じています。
記者、キャスター、大学講師…共通するのは、“伝えたい”
いまや気象キャスターや大学講師として活躍されている長谷部さんですが、実は信州大学 教育学部数学科入学時は中学校の先生を目指していたといいます。しかし、在学中に理想と現実のギャップを感じて方向転換し、小諸市のケーブルテレビに記者兼キャスターとして就職。その後、茨城県、栃木県などのラジオ局でパーソナリティやディレクター業に従事しました。そんなある時、大学時代に勉強していた数学の知識を活かせる資格があると知人から聞き、それが気象予報士でした。専門資格をとって、仕事を極めることもよいかもしれない―。そう考え、忙しい仕事の合間を縫って猛勉強し、合格率わずか5%の難関に2年で合格しました。
その後、気象キャスター、大学講師、書籍執筆、講演活動と活躍の場を広げてきた長谷部さんですが、「いま振り返ると、これまでのどの仕事も、自分が大事だと感じたことや面白いと思ったことを“伝えたい”という想いが根底にある」と話します。そしてこれからも、気象を軸にしながら伝えることを続けていきたいと今後の展望を語ってくれました。
長谷部愛さん PROFILE
1981年8月、神奈川県藤沢市生まれ。2005年、信州大学 教育学部数学科卒業。各地のテレビ局?ラジオ局でキャスター、ディレクター業を経験するなかで、2012年に気象予報士資格を取得。その後、ラジオを中心に気象情報を伝えている。また、2018年からは東京造形大学で非常勤講師を務める傍ら「天気とアート」の188bet体育_188bet备用网址も行う。最近は執筆や講演活動などにも積極的に取り組んでいる。著書に『天気でよみとく名画 フェルメールのち浮世絵、ときどきマンガ』(中央公論新社)がある。2024年10月からは天気という視点から漫画やアニメを語る音声番組「天タメPodcast」を配信している。