信大同窓生の流儀 chapter.13 合同会社SumSum代表社員 工学部卒業生 石川 裕之さん信大的人物
松本市で空き家活用まちづくりの先駆け 再び、浅間温泉街に活気と賑わいを
志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第13回は、合同会社SumSum(スムスム)代表社員 石川裕之さん(工学部卒業生)をご紹介します。松本の奥座敷とも言われ、レトロな街並みが残る「浅間温泉街」。市街地や信州大学松本キャンパスが近いことから、住宅街や学生街と一体となり栄えてきましたが、近年は空き家の増加や住民の高齢化などから元気がなくなってきています。石川さんはこうした実情を変えようと、まちづくりに奮闘。松本市のなかでも先駆けて空き家となっている古い建物をシェアハウスとして改修し貸し出す事業を行い、温泉街に再び活気と賑わいを取り戻すことに情熱を傾けています。(文?佐々木 政史)
????? 信州大学広報誌「信大NOW」第152号(2025.7.31発行)より
空き家をシェアハウスに再生 地域とつながる仕掛けづくりも
長い歳月を経て飴色に磨き上げられた板張りの廊下、摺りガラスの入った木製ドア、毛筆で書かれた旧字体の表札―。一瞬、昭和の時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚えるこの建物は、信州大学工学部卒業生で合同会社SumSum代表社員の石川裕之さん(40歳)が運営を行っているシェアハウスです。
石川さんは松本市の浅間温泉街で、空き家となっている昭和期に建築された木造賃貸アパートなどを買い取り、改修してシェアハウスとして再生し、運営する事業を行っています。「松本市ではこうした事業におそらく最も早い時期から取り組んできたのではないでしょうか」と石川さんは話します。現在は3つの建物を運営しており、取材では昭和30年代に建てられた旅館従業員向けの下宿を改修した「浅三荘(あさみそう)」を案内していただきました。入居者の女性に住み心地を聞くと、「古い建物は心が落ち着きます」と、ここでの暮らしをとても気に入っている様子でした。
SumSumのシェアハウスでは、入居条件に草刈りや祭りといった地域のコミュニティ活動への参加を求めています。「隣近所を気にせずに、気軽に一人暮らしを楽しみたいという学生にはちょっとハードルが高いと感じるかもしれませんね」と石川さんは笑います。それにもかかわらず、こうした入居条件を設けているのは、シェアハウス事業を通じて、浅間温泉街の活性化を目指しているからです。浅間温泉街は松本市街地から約2㎞と比較的利便性の良いエリアにあります。しかし、人口減少と少子高齢化が深刻化しており、「約20年で1,000人くらい減少しています。町会の役員も80歳、90歳代ばかりで、若い世代の関わりが求められています」と石川さんは地域の苦しい実状を訴えます。
かつては比較的安価な家賃の下宿が沢山あって信州大学の学生が多く住み、温泉街と学生街が融合して賑わっていたそうです。石川さんも「教養課程の1年生時はよく友人宅や定食屋に足を運んでいました」と当時を楽しそうに思い出します。しかし、年月とともに建物が古くなり、大学近くに最新の設備やセキュリティを備えた新築アパートが次々と建築されていったことで、学生の数はだんだんと減っていきました。石川さんの学生時代はまさにその只中で、2年生から専門課程のため長野市で過ごした後、就職で松本に戻ってきて浅間温泉街を訪れてみると、馴染みの定食屋がなくなっているなどあまりの変わり様に驚いたそうです。
こうしたなかで、石川さんはSumSumの事業を通じて、浅間温泉街にかつてのような活気を取り戻したいと考えています。空き家となった古い建物を改修してシェアハウスなどとして新たなかたちで甦らせ、外から学生や移住者、飲食店などを誘致し、地域住民との交流を促して、地域に賑わいをつくっていこうとしています。
そのなかで、石川さんは「浅間温泉に住んでもらうために“温泉街ならではの利点”も伝えていきたい」と強調します。それは「湯仲間」というもので、地域住民が月極で専用の公共浴場を自由に使える仕組みです。この地域住民向けの公共浴場はまちの路地裏などにいくつもあるそうで、“ 裸の付き合い”を通じて、入居者が地域住民と交流を持つことを期待しています。
転機はゲストハウス立ち上げ もっと“泥臭いまちづくり”をしたい
もともと石川さんは松本市役所で建築職として働いていました。信州大学工学部を2008年に卒業してから8年間在籍していたそうです。学校やスポーツ施設などの公共建築に携わっていましたが、「もっと地域に密着した“泥臭いまちづくり”をしたい」とずっとモヤモヤしていたそうです。
そんな時に転機が訪れました。大学の後輩と松本市内でゲストハウスを立ち上げたことです。旅行好きで、海外では安価に長期間泊まれるゲストハウスをよく利用していたそうですが、当時の松本市内にはまだなかったので、「作ったら地域に貢献できるかもしれない」と思ったといいます。石川さんは市役所勤めをしながらボランティアとして携わりましたが、これをきっかけに市役所を退職して合同会社SumSumを立ち上げ、浅間温泉で現在の事業を行うようになりました。
どうして浅間温泉だったんですかと聞くと、こう答えてくれました。
「街中や大学も近くて、自然への188bet体育_188bet备用网址も抜群で、何より毎日温泉に入れる―暮らすうえでこんなに可能性がいっぱいある街なんてそうそうないのに、なんで見捨てられているんだろう、もったいない…という思いがすごくあったので、誰もまちづくりをやらないのなら自分がやるか!という感じでした」言葉から浅間温泉への愛が滲みます。
浅間温泉の魅力を詰め込んだ複合施設「ポルトマツモト」構想
石川さんに今後の展望を聞くと、「浅三荘を拠点に、浅間温泉の魅力を詰め込んだ複合施設を作っていきたい」とのこと。浅三荘を購入した際にオーナーから隣接の鉄骨アパートも譲ってもらったそうで、これら2つの建物を使って、シェアハウス、アパート、宿、飲食店などを運営していきたいと考えています。現在、浅三荘1階をテナント貸しスペースとして改修作業中で、7月に定食屋をオープンする予定です。また、宿については、「浅間温泉街はかつて文人墨客の逗留地でもあったので、アーティストインレジデンスのようなかたちでそれを復活させたい思いもあります」と石川さんは夢を描きます。ちなみにこの複合施設の名称は「ポルトマツモト」。ポルトは「港」の意味で、暮らす人、訪れる人、色々な人が浅間温泉を訪れる際の玄関口になれればと思って名付けたそうです。
浅間温泉に再び活気を―こうした想いを胸に、空き家となっていた一軒の木造賃貸アパートの再生から始まった石川さんの取り組みは、着実に広がりを見せています。